第1章 『普通』
私は裕福な商家の一人娘として生まれた。両親は私を何よりも大切に慈しんでくれ、私は何の不自由もなく、何の取り柄もなく、ただただ穏やかに日々を過ごしていた。
私の家は、鬼殺隊を統べる産屋敷家と代々懇意にさせていただいている。父は毎年、誇らしげに語るのだ。
「いいか、鬼殺隊は、私たちのような者が経済的な支援をすることで成り立っている。彼らが命をかけて戦っているからこそ、お前はこうして平和な日々を過ごせるのだ。」
父の言葉は、いつも遠い世界の出来事のようだった。
私にとって鬼殺隊とは、豪華な寄付品を届けるため、年に一度訪れる産屋敷邸で聞く、遠い物語でしかなかった。
産屋敷邸は、私が住む屋敷とは全く異なる、厳かで、どこか悲しい空気が漂う場所だった。庭には藤の花が咲き乱れ、その甘い香りは、鬼を遠ざけるためのものだと父は教えてくれた。
「もうすぐお館様がお見えになります」
「分かったわ。ありがとう。」
侍女の静かな声に、私は姿勢を正した。産屋敷邸の廊下は、いつも凛とした空気に満ちていた。
「久しぶりだね。君も大きくなった。元気で何よりだ。」
お館様、産屋敷耀哉様は、いつも優しく、穏やかな声で私に話しかけてくださり、そのお声は、まるで全てを包み込むような温かさがあった。
「お館様、体調のほうはいかがですか?」
「私のことは大丈夫だよ。心配には及ばない。」
父との会話をただ黙って聞いているが、彼の顔に浮かぶ、不治の病の跡を見るたびに、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。
この優しいお方が、鬼殺隊という過酷な組織の頂点に立っている。その事実が、私にはどうしても現実のものとして感じられなかった。
ある時、お館様の息子である輝利哉様が、私に話しかけてきた。
「鬼殺隊は、鬼舞辻無惨を倒すためにあるんだ。鬼のいない、平和な世の中を取り戻すために」
私と同じような年頃の子どもが、こんなにも重い使命を背負っている。その言葉は、私の心を深く揺さぶった。私の知っている平和な世界は、鬼殺隊という存在によって守られているのだと、この時初めて自覚した。
それでも、私にとって鬼殺隊は、遠い遠い世界でしかなかった。
私は刀も振れず、特別な力も持っていない。何の取り柄もない娘だった。
しかし、そんな私の価値観が、大きく覆される出来事が起きたのは、私が十六になった年のことだった。
