第15章 記憶の断片 【時透編 第1話】
訓練が終わり、知令は布団に腰を下ろし、汗をぬぐいながら浅く息をついた。アオイが軽く声をかけ、休憩を促す。知令は小さく頷き、穏やかな表情を見せた。
無一郎は部屋の隅で立ったまま、その光景をじっと見つめる。
――やはり……覚えている。
断片的な記憶が、今度はより鮮明に、目の前の少女の動きや息遣いと重なり合った。
ポニーテールの揺れ、柔らかな手の動き、少しだけ見せる笑顔――それらは、記憶の中の人物と完全に一致するわけではない。しかし、心の奥で確かに繋がっている感覚があった。
――違う……でも……なぜ、こんなにも心が動くのか。
無一郎は眉をわずかに寄せ、視線を逸らさずに観察を続ける。
知令が布団から立ち上がり、深く息を吸う。刀を持つ手が微かに震える。
――あの日の……あの力……あの感覚……
"無一郎くんって優しいんですね。"
無一郎の胸の奥で、断片的な映像が渦を巻く。
幼い記憶の中の声、揺れる影、暖かな光……そして、目の前の知令の姿が、それらと不意に重なる瞬間がある。
だが、表情は冷静のまま。感情を露わにすることはできない。心の中で揺れ動く断片を、ただ静かに見つめ、確かめるしかない。
――この子は……何者なんだ。
――俺は……なぜ、こんなにも気になる。
知令が一歩前に進み、アオイに肩を回されながら深呼吸を整える。無一郎は少しだけ視線を下げ、心を落ち着ける。表情は冷たいままだが、内心では小さな決意が芽生えた。
――覚えていなくても……いや、覚えていないからこそ、俺は見守ろう。
――力を制御できずに倒れ込む彼女を、冷静に見守れる存在でいよう。
無一郎はそのまま立ち続け、知令の回復訓練を静かに見守る。冷たい眼差しの奥で、断片的な記憶の光が微かに揺れる。
その光は、過去のものなのか、今の感情なのか――まだはっきりとはわからない。
ただ一つ確かなのは、心の奥で芽生えた微かな想いが、彼女を見守る力になっていることだった。