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【鬼滅の刃】屋烏の愛

第15章 記憶の断片 【時透編 第1話】


蝶屋敷の中庭には、朝の光が柔らかく差し込んでいた。

知令はアオイの指導のもと、ゆっくりと体を動かす。手足の運動、呼吸の整え方、軽く刀を振る動作――すべてが回復訓練の一環だ。

無一郎は塀の影に立ち、静かにその光景を見ている。表情は冷静で変わらない。だが、胸の奥に微かに奇妙な感覚が走った。

――どこか……見覚えがある。

その感覚は瞬間的で、すぐに消える。だが、知令のポニーテールが揺れるたび、立ち姿の端正さ、指先の繊細な動き、息遣いのリズム――それらが過去の断片と重なるような錯覚を呼び起こす。

無一郎は眉ひとつ動かさず、視線を逸らさずに立つ。心の中では、掴みかけた記憶を必死で探していた。

――こんな……女の人、どこかで……見たことがある気がする。

だが記憶は霧のように薄く、指先をすり抜けていく。思い出せそうで思い出せない。

知令が刀を軽く振ると、鋭い音が空気を裂いた。無一郎は一瞬、身体の感覚に反応する。あの時の……あの時の気配……。

――いや、違う。俺の記憶じゃない。だけど……妙に心がざわつく。

無一郎は無表情のまま立ち続け、知令の回復訓練の様子を淡々と観察する。心の奥では、霧の中で小さく光る断片を追いかけ、確かめようとしている自分がいた。

――なぜだ。思い出せそうなのに、思い出せない。なのに……なぜ、こんなに気になるんだ。

静かに風が吹き、知令の髪がふわりと揺れる。無一郎の心に、確かに小さな波紋が広がった。記憶喪失の奥底で、忘れかけていた何かが、ほんの一瞬だけ顔を出した――しかし、すぐにまた霧に消えた。

無一郎は深く息を吸い、また冷静な表情に戻る。目の前の訓練に集中している知令を、ただ観察する。表情も変えず、ただ静かに、しかし何かを確かめるように。
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