第15章 記憶の断片 【時透編 第1話】
知令は布団に横たわり、天井の障子越しの光をぼんやりと眺めていた。静かな時間が流れる中、ふと両親の笑顔の記憶が脳裏に浮かぶ――そのすぐ後、鬼によって奪われた惨劇の映像が重なる。
胸の奥で、熱いものがじわりと湧き上がる。目の前がちらつき、手足がわずかに震える。無意識に日輪刀に手を伸ばしかけるが、力はまだ制御しきれず、体が布団に押し付けられるように固まった。
その時、静かな足音。振り返ると、無一郎が部屋の隅に立っていた。表情は変わらないが、その視線は確かに知令を捉えている。
「……時透さん」
小さく声を漏らす知令。体の震えは、過去の悲しみが引き起こす狂気の前触れだった。
無一郎は一歩も近づかず、ただ淡々と立ったまま見守る。
「……みっともないよ、落ち着いて。」
言葉は短く、冷たくも聞こえるが、強制するものではない。その距離感が、知令には逆に安心を与えた。
知令は深呼吸を試みる。涙が頬を伝い、震える手がゆっくり布団に落ちる。狂気の炎が少しずつ消えていく。
無一郎は動かず、じっと見守りながら、知令の心の揺れが収まるのを待つだけ。手を貸すでもなく、慰めるでもなく、ただ「安全な存在」としてそこにいる。
やがて知令は小さく息を吐き、目を閉じたまま頷く。
「……大丈夫、みたい……」
無一郎はその言葉に応じることなく、視線を外して障子の外を見やった。だが、その沈黙の中には、知令が立ち直るまで見守ろうとする意志が込められていた。
知令はほんのわずかに肩の力を抜く。冷静で無表情な無一郎の存在が、狂気の残像の中で唯一の安らぎとなる。