第15章 記憶の断片 【時透編 第1話】
蝶屋敷の静かな一室。柔らかい陽光が障子を通して床に降り注いでいる。知令は布団に横たわり、まだ完全には回復していない体を休めていた。両親を失った悲しみと、狂気の余韻が心の奥でざわつく。
ふと、扉の隙間から物音がした。振り向くと、無表情の少年が立っていた。黒い制服に白い羽織を纏い、目元は冷たく、感情を読み取ることはできない。時透無一郎――柱の一人である彼は、静かにその場を見渡していた。
「……時透…さん?」
知令の声はかすれ、微かに震えている。無一郎は答えず、ただ数歩近づく。
彼は座るでもなく、ただ部屋の片隅に立ち、彼女の様子をじっと観察する。
知令は少し戸惑い、布団に手をかける。無一郎は動じない。
その沈黙の中で、知令は自分の胸の奥が少しずつ落ち着いていくのを感じた。冷たい目をしているのに、どこか揺らぎのない安定感があった。
「……ここにいても、いいの?」
声は小さく、まだ恐怖が混じっている。
無一郎は一度だけ視線を動かし、淡々と答える。
「……別に、問題ない」
その言葉に、知令は少し肩の力を抜いた。無理に慰めるでもなく、押し付けるでもない――ただそこにいるだけで、心が少し落ち着く。
無一郎は布団に近づかず、距離を保ったまま立っている。その冷たい静けさが、逆に知令の心を守る盾のように感じられた。
知令は目を閉じ、呼吸を整える。狂気の残像が薄れていく。無一郎の存在は、言葉少なでも、確かに心に触れていた。
小さな信頼の芽が、まだ静かなまま、しかし確かに生まれつつあった。