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【鬼滅の刃】屋烏の愛

第14章 簪【宇髄編 第1話】


森の奥深く、薄暗い光の中を二人は進む。知令の髪に刺した簪が、わずかに揺れるたび、昨日の宇髄の言葉が脳裏をかすめる。「お前の努力は俺が見てる」――その言葉が、胸の奥の恐怖を少しだけ和らげた。

「……ここから先は、気を抜くな。」

冨岡の低い声が森に響く。彼の手は日輪刀をしっかり握り、体全体に緊張が張り詰めている。知令は小さく頷き、刀の柄を握る手に力を込めた。手が微かに震えるが、簪の冷たい感触が心を落ち着かせる。

「冨岡さん……鬼の気配、見えますか?」

冨岡の瞳が暗闇を切り裂くように鋭く光った。

「感じる……前方、少し奥に動きがある」

知令は呼吸を整え、恐怖と決意の狭間で心を静める。目の前には、那田蜘蛛山の薄暗い道が続き、枝が頭上で絡み合う。森の奥深く、静寂を破るのは自分たちの足音と、遠くで小さく響く何かのうなり声だけだった。

「……私は……大丈夫です」

自分に言い聞かせるように呟く。簪が髪に刺さった感触を頼りに、意識を集中させる。

突然、枝の隙間から鬼の影が現れる。知令は瞬時に身を低くし、冨岡と同じ方向を見据える。彼の刀が光を受けて鋭く輝き、鬼の気配を探るように前後に振れる。

「右から来る!注意を!」

冨岡の声とともに、知令は動く。恐怖が心を支配しそうになるが、簪と宇髄の言葉を思い出し、踏みとどまる。

鬼が一瞬の隙を見せ、知令は冷静に判断して一撃を放つ。刀の刃が空気を切り、鬼の動きをかすめた。冨岡はその動きを即座に補助し、二人の攻撃が連携して鬼の動きを制限する。

「……冨岡さん、ありがとうございます。」

呼吸を整えながら、知令は小さく呟く。冨岡の瞳には、無言の信頼が光っていた。恐怖の中で戦う自分を、彼がしっかりと見てくれていることが、少しだけ心を軽くした。

鬼の影はさらに奥へと逃げ込む。知令は刀を握り直し、森の闇に潜む気配を見逃さないよう注意を払う。簪が微かに揺れるたび、宇髄の笑顔とあの言葉が心に染み渡る。

「……この恐怖も、私を強くしてくれる……」

森の冷たい風が頬を撫でる。知令は恐怖を胸に抱きつつも、前に進む。那田蜘蛛山の奥深くで、戦いはまだ始まったばかりだった。
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