第14章 簪【宇髄編 第1話】
ある日の夜。屋敷の庭に、知令の小さな影が浮かんでいた。
まだ片腕に痛みが残り、呼吸をすれば胸の奥がじんと疼く。けれど、それでも刀を振っていた。
「……はぁっ……もう一度……っ」
呼吸の音と、竹刀が空を切る鋭い音。
体はまだ万全ではない。傷の痛みで腕が震え、握りが甘くなって竹刀を落とす。
「……くっ……ダメだ……」
地面に崩れそうになりながらも、知令は悔しそうに歯を食いしばった。
弱い自分を、もう許せなかった。
守れなかった過去も、今なお胸を締めつけている。
その背に、低く、軽やかな声がかかった。
「……ずいぶんと派手な夜稽古だな、」
振り返れば、縁側に座っていたのは宇髄だった。
片肘をつき、月光に銀の髪を揺らしている。
「宇髄さん……」
「療養中のガキが、こそこそと夜遊びとは……派手に無茶しやがる。」
そう言いつつも、その声音はどこか柔らかかった。
知令はうつむき、悔しそうに吐き出す。
「……強くなりたいんです。もう、失いたくない。守れなかったのは、私のせいだから……」
宇髄はしばし黙り、ゆるく立ち上がって庭に降りる。
その背は月明かりを浴びて大きく、知令からすればとても遠く見えた。
「派手に強くなりてぇのはいい。だがな──」