第13章 気まぐれ【不死川編 第1話】
「……遅くなった。」
冷たく鋭い声。冨岡義勇だ。水の呼吸を操るその姿は、静かでありながら圧倒的な存在感を放つ。彼が加わったことで、知令の心は一層安定した。
「冨岡さん……」
小さく呟く声に、ほんのわずかな安心が混じる。目の前の恐怖が少しだけ和らいだ。
三人の呼吸は、互いの動きを読み合い、瞬時に戦術を組み立てていく。累の糸が襲いかかる瞬間、知令は頭の中で全ての攻撃パターンを分析し、炭治郎と冨岡の動きに合わせて斬撃を繰り出す。
「行くぞ!」
冨岡の指示に、知令は素早く動く。頭脳と冷静さが刀の一振りに反映され、累の攻撃を次々とかわす。
炭治郎が飛びかかり、冨岡が水の呼吸で糸を断ち切る。知令はその隙に累の背後に回り込み、刀を構えた。
「私……やります!」
小さな声に力がこもる。胸の中で、不死川の言葉が再び蘇る。
「一匹残らず、ぶっ殺す!」
怒りでも、憎しみでもなく──守るという意思と言葉が力を与える。知令は不死川が言っていた言葉をそのまま発しながら、思い切り刀を振り下ろし、累の首を断ち切った。
その瞬間、累の身体が崩れ落ち、森に静寂が戻る。
疲労と安堵で、知令は膝から崩れ落ちた。背後から炭治郎の手が差し伸べられ、冨岡の視線が優しく見守る。
「知令、大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます……」
声は震えるが、心は少し晴れた気がした。
三人で立ち上がると、森の奥に差し込む光が優しく知令を包む。冷たい風に頬を撫でられ、彼女は小さく微笑む。
心の中で、あの夜の不死川の言葉、炭治郎の信頼、冨岡の静かな優しさが混ざり合う。
知令は気付く。──一人じゃなくても、心の力を最大限に引き出せるのだと。
「……これで、みんなを守れますね。」
小さく呟いたその言葉に、二人は頷いた。
──戦いの終わり、森に残るのは刀の音ではなく、三人の心が通い合った静かな余韻だった。