第13章 気まぐれ【不死川編 第1話】
夜の森に、血の匂いと冷たい風が満ちていた。
最後に残った鬼は強かったが、不死川とあなたの連携は、手合わせの成果を物語るように冴えていた。
「……チッ、しぶてぇ野郎だな。」
鬼の首を狙いながら、不死川が低く吐き捨てる。その声に混じるのは焦燥ではなく、熱。隣で戦うあなたを意識しているからこそ、呼吸のリズムまで揃っていた。
鬼が突進してきた瞬間、不死川が前へ出た。
「下がってろ!」
怒鳴り声とともに刃が走る。しかし鬼の爪が横薙ぎに迫り、あなたの頬を掠める。鮮血が散った。
「……ッ!」
一瞬、足が竦む。そのとき、不死川があなたを抱き寄せるようにして体を庇った。鬼の爪は彼の羽織を裂き、白い肌に赤い線を刻む。
「実弥さん! 血が……!」
「テメェこそ、何ビビってんだ!」
怒鳴りながらも、その腕はあなたを離さなかった。
荒い呼吸の中で、彼は鬼の隙を見抜くと、渾身の力で刃を振り抜く。首が飛び、鬼が絶叫とともに崩れ落ちた。
静寂が訪れる。森に残るのは、夜風と二人の息遣いだけ。
不死川はその場に膝をつき、肩で息をしながら呟いた。
「……クソ、情けねぇな。お前まで庇うことになるとは。」
あなたは首を横に振り、彼の腕を必死に押さえる。
「違います!私が怖がって……足を止めたから……」
来ていた赤色の上着を木に引っ掛けて引きちぎり、不死川の腕の出血部分を覆う。涙で滲みながら応急処置をする声に、不死川はギョッとしたように顔を上げた。
「泣くんじゃねぇよ。」
掠れた声でそう言って、不器用にあなたの頬を拭う。血のついた指先で触れるのをためらい、拳でそっと涙を拭った。
「……お前の泣き顔なんざ、見てらんねぇ。」
まるで吐き捨てるように言いながら、その目は真っ直ぐにあなたを見ていた。
「……俺はお前が死ぬより、ずっとマシだ。」
一瞬、時が止まる。
強面で乱暴な言葉の裏に、どうしようもなく真っすぐな想いが滲んでいた。
「……実弥さん。」
名前を呼ぶと、不死川の喉が小さく鳴った。
「テメェ……変な勘違いすんじゃねぇぞ。俺はただ、放っとけねぇから……。」
そう言いながらも、耳まで真っ赤になっているのを、あなたは見逃さなかった。
夜明け前の薄明かりが、二人を包む。
傷を負った体と、揺れる心。
その夜、あなたと不死川の距離は、確かに変わっていた。
