第13章 気まぐれ【不死川編 第1話】
数日、実弥は知令の稽古に付き合った。
木刀を構えた知令の額からは汗が伝い落ちる。目の前には、不敵に口の端を吊り上げる不死川実弥。
「おらァ!昨日より鈍ってんじゃねぇか!」
「っ……負けません!」
乾いた木刀の音が響き、知令は必死に踏ん張る。
実弥はあえて力を込め、容赦なく押し込む。だが、その眼差しの奥には苛烈さだけでなく、わずかな期待が覗いていた。
「この間のヘタレな泣き虫とは違うな。……少しはマシになったか。」
「泣き虫……じゃ、ありません……!」
唇を噛みながら知令が打ち返す。
だが、足元を払われ、木刀が飛んでいった。
倒れ込んだ知令を見下ろし、実弥は溜息をつきながらも手を差し伸べる。
「……根性だけは認めてやるよ。」
差し出された手に一瞬ためらったが、知令は掴んだ。
ごつごつとした大きな手は、驚くほど温かかった。
胸の奥が、不思議な熱で満たされた。
そこへ、隊士を呼び集める伝令が駆け込んでくる。
人里に鬼が潜んでいるとの報せで緊急任務だった。
そこには知令と不死川も呼ばれていた。
「お前と一緒かよ。」
実弥が低く吐き捨てるように言う。だが、その声音にはわずかな逡巡が混じっていた。
「……お前の身体、もう完全に戻ってんだろうな。」
心配と苛立ちが入り交じったような問いに、知令は小さく頷いた。
「はい。もう大丈夫ですっ!」
二人で山道を駆け抜ける。蝉の声が煩く響く中、実弥は前を走りながら何度も後ろを振り返った。
「遅れんなよ」
「大丈夫です。ついていけますから!」
そう返すと、彼は鼻を鳴らし、けれど少しだけ歩幅を緩めてくれる。
村に近づくと、漂う血の匂いが鼻を突いた。鳥の鳴き声が消え、静けさに不気味な気配が満ちていく。
「……出やがったな。」
実弥の刀が抜かれる音が鋭く響いた。
茂みの影から、二匹の鬼が這い出してくる。皮膚は青黒く爛れ、赤い瞳がぎらついている。
「二体か……ちょうどいい。俺が一体、てめぇが一体だ。」
「わかりました!」
背中合わせに立った瞬間、あなたの鼓動が速まる。実弥の背越しに伝わる熱と気迫が、不思議な安心を与えていた。
「死ぬんじゃねぇぞ。」
不器用な言葉が、風に溶けて耳を打った。
「勿論です。」