第11章 生きるために剣を振れ 【冨岡編 第1話】
山を覆っていた緊張が、ふっと解けていく。累の糸がすべて崩れ落ち、木々を揺らしていた異様な気配も消え去った。静寂が戻った那田蜘蛛山には、風が梢を渡る音と、かすかな血の匂いだけが残っていた。
義勇は刀を納め、呼吸を整える。その姿は冷静そのものだったが、戦いの最中に彼女を庇い、瞬時に守った動きが何度も脳裏に蘇る。
彼女はその場に膝をつき、深く息を吐き出した。張り詰めていた糸が切れたように、力が抜ける。
「……終わった、んですか……?」
自分でも驚くほど掠れた声。
義勇がわずかに頷き、低い声で応える。
「……ああ。もう大丈夫だ」
その言葉に胸がじんと熱くなる。守られた安堵と、自分はただ見ているしかできなかった悔しさが入り混じり、視界が滲んだ。
義勇は彼女の傍に膝を折る。血と土で汚れた着物を気にかける様子もなく、静かに顔を覗き込んだ。
「傷は?」
「…大丈夫。ほんの少し掠っただけです……。」
そう言いながら、彼女はぎゅっと拳を握る。
「でも…私、何もできなかった。足手まといで……悔しくて。」
その言葉に、義勇の瞳が揺れた。普段は感情をほとんど見せない男だが、彼女の必死の想いに胸を打たれたのか、視線が柔らかくなる。
「……お前が無事でいることが、一番大事だ。」
短く、それでいて力強く言い切った。
彼女は唇を噛み、俯いた。心はざわめく。
──家族を失った記憶、累に煽られたあの狂気の瞬間。自分は危うく呑み込まれそうになった。義勇がいなければ、ここに生きていることすら叶わなかっただろう。