第11章 生きるために剣を振れ 【冨岡編 第1話】
その恐怖に心が支配されかけた瞬間、───鋭い風が頬を切り裂いた。次いで、糸を断ち切る涼やかな斬撃音。
「……っ」
視界に映ったのは、義勇の背だった。
「彼女に指一本触れるな。」
低く、冷ややかな声。だが私には、それが怒りの限界に達した証のように聞こえた。
落下しかけた私を、彼が腕で受け止める。固く引き寄せられた胸の中、鼓動が直に響いた。
「遅れてすまない。」
「いえ……助けてくれて……」
かすれる声で答えると、彼の肩越しに鬼が動くのが見えた。
義勇は私を地面にそっと下ろし、手を離さぬまま刀を構えた。
「ここからは俺が守る。もう離れるな。」
「……はい。」
頬が熱くなる。涙に滲んだ視界の中でも、彼の眼差しの強さだけは鮮明だった。
鬼の糸が再び襲いかかる。だが水流のような剣閃がすべてを切り裂く。義勇の動きは無駄がなく、ただの一閃ごとに鬼を追い詰めていく。
その傍らで、私は震える膝を必死に抑えながら、彼の背に視線を注ぎ続けた。
――強い。
――でも、それ以上に。
――私を守ろうとする、この距離が。
胸を満たすのは安堵と、言葉にならない熱。掴まれた手の感触がまだ残っていて、どれほどの恐怖も、その温もりひとつで塗り替えられていく。
(義勇さん……)
鬼の断末魔が木霊したとき、私はようやく息を吐いた。
義勇は刀を収めると、振り返り、ほんのわずかに眉を下げた。
「怪我は……ないか。」
「少しだけ。でも……大丈夫です。」
声が震えた。けれどその震えを、彼は責めもせず、ただ一瞬だけ視線を重ねてくれた。
その短い沈黙が、何よりも雄弁に胸を打つ。