第1章 後宮下女
明るい陽が差し込む翡翠宮の一室で、赤子の笑う声が聞こえている。
瑞々しくふっくらとした頬の公主は、差し出された壬氏の指を掴んでいる。
「公主殿がお元気そうで何よりです」
天女のような笑みの壬氏に一生懸命発語してる公主はまだ喃語しか話せない。が、大変ご機嫌な様子だ。
その様子を笑顔で見ていた玉葉妃が、おもむろに口を開いた。
「何か聞きたいことがあるようですが」
さすが聡明な妃。壬氏の訪問目的を察していたようだ。
「何故公主殿は持ち直したんでしょうか?」
単刀直入に申し上げると、玉葉妃はふっと小さく笑んで、隣に控えていた女官に目配せをする。察した女官は文箱の中から布きれを取り出し、壬氏に渡した。
何かをちぎったものと思われる白い布切れ。そこに書かれている文字...
【白粉は毒 赤子に触れさすな】
たどたどしい字は、筆跡をごまかすようにも見えるが、匂いを嗅いでみると草の匂いがするので、汁が滲んでしまい、必然とそうなってしまった...ともとれる。
「...白粉...ですか?」
「ええ」
玉葉妃は再び女官に目配せをすると、女官は引き出しから布にくるまれた陶器製の器を取り出した。公主から距離をとり、そっと蓋を開けると白い粉が舞う。
「...白粉?」
「ええ、白粉です」
ただ白いだけの粉になにがあるのだろう。公主から離れて、その粉をそっとつまむと、白粉に触れた指が一段階白くなった。そういえば、玉葉妃は元々肌が美しいので白粉をしておらず、梨花妃は顔色が悪いのを誤魔化すように塗りたくっていた。
「公主は食いしん坊でして、私の乳だけでは足りず、乳母に足りない分を飲ませてもらっていたのです」
「それは乳母が使っていたものです。他の白粉に比べて白さが際立つと好んで使っていました」
「その乳母は?」
「体調が悪かったようなので暇を出しました。」
白粉を使用するのが授乳者なのであれば、赤子は自然と口にする。
中に含まれる毒が何かは分からないが、使用を辞めてから母子共に元気になっていることから間違いないことが分かる。
「無知は罪ですね。赤子の口に入るものなら、もっと気にかけていればよかった」
「それは私も同様です」
結果、今回のことで帝の子を失わせてしまった。
母の胎内にいた可能性も加えたら、もっと多くいたかもしれない。