第4章 夢遊 ※高
「なにもありません。身請け話がなくなったら、徘徊はなくなりましたので」
「つまり、身請け話が嫌だったってことかしら?」
「おそらく。相手は大店ですが妻子どころか、孫までいる身分でしたから。それに、あと一年も働けば、年季はあけたのですよ」
気に入らない相手に身請けされるなら、あと一年奉公を我慢したほうがいいらしい。結局、その遊女は新しく身請け話もなく年季があけたのだった。
「極端な気持ちの高ぶりがあったあとに徘徊が多いので、気持ちを落ち着かせる香や薬を配合したのですが、まあ、気休めにしかなりません」
あの時はお義父さんの変わりに、姐さんが調合していた。
「ふーん」
面白くなさそうに腹黒似非天女が頬杖をついている。
「本当にそれで終わり?」
ねっとりとした視線に対して、侮蔑の表情を浮かべるのを我慢する。
隣では、無言で声援を送るような目をした高順がいる。
粘着質な目が にも向いたが、無表情を貫いた。
「それでは仕事に戻りますので失礼します」
一礼して部屋を出た。
「私にくらい話してもいいんじゃないかしら?」
艶やかな笑みを浮かべる玉葉妃、一児の母であるが実年齢は二十に満たない。少しお転婆な笑みが浮かんでいた。
猫猫は一瞬、考え込んだ。
「あくまで推測ですので。あと、気分を害されなければ」
「自分で聞いておいて、腹は立てませんよ」
「………………………他言無用であれば」
「口は堅くってよ」
姐さんは、先程の妓楼の夢遊病者の話をした。
しかし、身請けが破談になった後、治ったと思ったのは一瞬で、その後も夢遊病は止まらず、前回と同じように薬を処方しても気休めにもならなかった。
そんな遊女に新たに身請け話が持ち上がる。楼主は、病気ものを身請けさせるには忍びないといったが、それでも身請けしたいということだった。しかたなく、前の身請け話の半分の銀で契約は成立した。
「その妓女ですが、後程わかったのですが、詐欺だったのです」
「詐欺?」
先に身請け話をした男は、あとから身請け話をした男の知り合いだった。遊女が病のふりをするとわかっていて、破談にする。そして、本命の男が半額で身請けする。
「遊女はまだ年季が残っており、男は身請けする銀が足りなかった」