第3章 媚薬 ※壬
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机に向かい筆を滑らせている人物は、ここ後宮内で知らないものはいない。
男性の中でも高身長で、ゴツすぎず細すぎもせず、綺麗なバランスを保っている。しかしその体に付随している顔は傾国の言われるほどの美貌だ。本人がその気になれば、男性でも難なく堕とすことができるだろう。
普段、笑みを絶やさないその顔貌は現在思いきり顰められている。
視線の先には、数人の中級妃、下級妃、武官、文官の名が記載されている。
どうしたものか......
本日、ある意図を持って声をかけてきた者達の名だ。
帝のお通りが無いからといって、他の男に声をかけるなど、言語道断。決して許される行為ではない。
また文官はまだしも武官は何かありそうな包子まで用意していた。
相手が男でも、自分の身の安全が保証されない美貌...憂うところだが、彼はそれを逆手にとって、後宮の試金石の役割をしている。
国母となる女性には、家柄はもちろんのこと、美しさや教養、貞操観念をも持ち合わせる必要がある。
現在の玉葉妃や梨花妃を帝に推薦したのは彼だった。二人とも皇帝に対して忠誠心があり玉葉妃は思慮深く、梨花妃は誰よりも上に立つ者にふさわしい気質を持っていた。
だが、皇帝は非常なもので、それなりに寵愛していた梨花妃の元に通ったのは、東宮が亡くなったときが最後だ。あれから彼女は幽鬼のように痩せ細ってしまっている。
「壬氏様、そろそろ...。」
「あぁ、今行く。」
名を呼ばれた壬氏は、重ねられた書類の中から一枚の書類を抜き取ると、すっと目を細めた。人を骨抜きにしてしまうような笑みはない。
「計算通り事を運べれば...な。」