第1章 後宮下女
天女様は嘘臭い天女笑みのまま半歩前に出てくる。
「不思議だよねえ、話に聞くと君は文字が読めないってことになってるんだけど?」
「はい、卑賤の生まれでございまして。何かの間違いでしょう」
姐さんが答えてくれたので頷いて同意する。
勿論、しらばっくれる気満々だ。
こういう時は、私よりも姐さんの方が上手く対応できるので、大人しく後ろに控えておく。
文字が読める、読めないで下女の扱いが違う。
が、往々にして無知なふりをしていたほうが世の中立ち回りやすいのだ。
...あの姐さんが圧されてる…
天女は、そのご尊顔を存分に活かした笑顔で姐さんとの距離をジワジワ詰めている。その手には、あの警告文を書いた布切れが握られており、見えやすいように姐さんの視界に入る位置に掲げられている。
コイツ…腹の奥に黒いものを抱えているのが隠しきれてない
粘ってしらばっくれていたが、結局少しだけ読めるかもしれないところに落ち着いてしまった。
天女様…天女様…巷ではあの男が貴女のようだと言われておりますが、私は違うと思います。
現在、壬氏サマ……うっかり天女と呼んだら壬氏と名乗られた……後を大人しく歩いている。
最初は頑張って抵抗はしたが、身分差もあり、首を横に振れば胴と頭がさよならする下位の下女。これ以上の抵抗は危険。今後どうしていくかを考えてく方が建設的だ
それにしも、どうして私達だと分かったのか…
誰かに見られるようなヘマはしてないし…
後宮の人は私たちに文字の読み書きは勿論、薬の知識があることも知らない。
小柄でそばかすがある女に偏見でも?
「どうやって調べたら私達に行き着くんだろう…」
距離を置いて歩いているので、小声で姐さんに問いかける。
「まぁ、まずは文字を書けるものを集めて探したんだろうよ。筆跡は崩していてもクセは残るから。」
「該当者がいないくらいのクセ字だったと?何か解せないけど…」
「次に、文字を書けないものを集めて、読み書きの判断を…ああやってやったんだろうな。」
「…わぁーい。……すっごい暇人……」
何かを話している事に気付いているのか、先程から壬氏サマからチラチラと視線を感じるが無視する。
こっち見んな、まっすぐ前を見て自分の仕事を全うしろ!
暫く歩いて、案の定、玉葉妃の住まう宮に到着した。