第11章 逃れられぬ腕の中で
――“他の男たちと関係があることを全部ばらすぞ”
紙面に殴り書かれた文字が、女の視界を焼き付ける。
喉が詰まり、呼吸が浅くなる。
信じられない。
どうしてそんなことを……。
まるで自分の人生を根こそぎ壊そうとするような言葉。
それは単なる嫉妬や執着を超えて、社会的に葬り去ろうとする冷たい悪意に満ちていた。
――これは、元彼だ。
そうとしか考えられない。
彼だけが、自分の周りの男たちのことを知っている。
嫉妬に駆られ勝手な妄想を膨らませ、こうして脅迫じみた言葉を投げつけてきているのだ。
「……やめて……。」
口に出した瞬間、喉がひくりと震え涙がにじんだ。
ただでさえ職場でも人の目を気にして生きているというのに、もしこんな紙切れ1枚の通りに噂を流されたら自分の居場所は一瞬で崩れてしまう。
それを思うと、恐怖と同時に強烈な羞恥が胸を突き刺す。
身体の芯まで見透かされ、誰かに触れられているような嫌悪感。
女は両腕で自分の身体を抱きすくめる。
外を確認しようと窓際に立つが、カーテンを開けることができない。
もし目の前に誰かが立っていたら――。
その想像だけで心臓が張り裂けそうになる。
耳を澄ませば、風の音に混じって気配が漂ってくる気がする。
誰かが暗がりからこちらをじっと覗き込んでいる。
そう確信してしまう。
スマートフォンに手を伸ばすが誰に連絡をすれば良いのか分からず、ただ震える指先が画面をさまよう。
警察に言えば良いのか。
でも証拠は手紙だけだ。
彼がやったと断定することはできない。
それに……
悟や甚爾に相談すればきっと飛んできてくれる。
でも、その分また彼らを巻き込んでしまうかもしれない。
テーブルの上には、散らばった手紙たち。
“迎えに行く”と書かれたものが視界に入り、足がすくむ。
もしかして、今この瞬間にも家の前に立っているのではないか。
郵便受けに1枚投げ込み、すぐに逃げたのだとしたら。