第9章 甘くて苦い
悟「俺もさ、面倒ごと嫌いなんだけどね。……けど、コレ以上は許さないよ。」
声は柔らかいが、そこに逆らえば即座に叩き潰されるだろうという確信があった。
元彼の顔が悔しさで歪む。
めいを睨み、そして悟を睨み――
だが、結局は小さく舌打ちをして身を引いた。
彼「……ちっ。もう良い。」
吐き捨てるように背を向け、足早にその場を去っていく。
残されたのは、めいと悟だけ。
夜の静けさが戻り、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
背を向けていた悟が、ふっと振り返る。
悟「……大丈夫?」
いつもの軽い調子に戻っていたが、その瞳にはまだ微かな怒りが残っていた。
胸が締めつけられる。
助けてくれた安心と悟が見せた鋭さの余韻に、めいは言葉を失った。
「悟……。」
小さく名前を呼んだだけで、声が震えてしまう。
悟はそんなめいを見つめ、ふっと優しく笑った。
悟「怖かったろ。……もう大丈夫。」
その一言で、張りつめていたものが一気にほどけた。
めいは悟の胸に飛び込み、抑えていた涙を零した。
温かい腕がそっと背中に回り、包み込んでくれる。
静かに燃えた火花は、確かに2人の間にも何かを残していた。
悟の胸にしがみついたまま、めいはしゃくり上げるようにして涙を拭った。
夜風は少し冷たく、目尻に残った涙をひやりと撫でる。
落ち着きを取り戻そうと大きく息を吸い込み、吐き出してから悟の顔を見上げた。
「……悟ってさ。」
涙声を誤魔化すように、わざと冗談っぽく口を開いた。
「女を泣かすやつは嫌いって言ってたのに……。結局、私、泣かされてるんだけど?」
言った瞬間、悟の眉がひょいっと上がった。
サングラスの奥でどんな表情をしているのかはわからないのに、その唇の端が愉快そうに持ち上がるのが見えた。
悟「え? なにそれ。俺のせい?」
肩を竦める仕草は、まるで本当に心当たりがない子供のようだ。
けれどその声の奥には、めいを気遣う柔らかさが滲んでいた。
「だって……悟があんな怖い顔するから。」
思わず本音が零れる。
確かに助けてくれた安心感は大きいけれど、悟が見せた一瞬の鋭さに、めいの心臓はまだ強く鳴っていた。
悟はくすりと笑い、片手でめいの髪を軽く撫でた。