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先生と生徒

第9章 甘くて苦い


夜の風は少し冷たく、酔いがほんのり残った体に心地よかった。

帰路の道を歩きながら、めいは何故かあの夜のことを思い出してしまった。

マッチングアプリで知り合った男と呑み、無理やりホテルに連れ込まれそうになったあの時――。

恐怖と後悔で震えるめいを、まるで偶然のように助け出してくれた悟。

忘れたいはずなのに、あの鮮烈な場面が心に焼き付いている。

彼の白い髪と、サングラス越しに感じた強い眼差し。

あの夜からめいは、少しずつ何かが変わってしまった気がする。

「……やめよ、もう。」

首を振り、思考を振り払う。

今思い出したところで何になる。

過去は過去、めいはもう前を向かなきゃいけない。

忘れたい。

――全部。

そうやって意識的に違うことを考えようとした。

今日の授業での生徒たちの様子。

テストの採点がまだ残っていること。

明日の買い物リスト……。

無理にでも現実的な思考を重ねれば、あの胸の奥を締め付ける感覚から逃げられるはずだった。

だが、角を曲がった瞬間。

耳に飛び込んできた声に、めいは足を止めた。

彼「……めい?」

聞き慣れた名前の響き。

振り返ったそこに立っていたのは、見慣れた顔――

めいを振った元彼氏だった。

一瞬、呼吸が止まったように感じた。

胸の奥で眠っていたはずの痛みが、突如として蘇る。

「……なんで。」

思わず声が震え、視線を逸らした。

彼は以前と変わらないスーツ姿で、仕事帰りらしくネクタイを緩めていた。

街灯に照らされた顔は少し疲れて見えたが、それでもあの頃と同じ、めいを惹きつけた表情をしている。
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