第7章 その手は逃がさない
悟「まぁ、オマエがそう言うならそうなんだろうな。」
傑は笑いを抑えるように口元を手で覆った。
傑「ただ……私にはちょっと面白く見えたんだ。普段の悟らしくない部分がさ。」
悟は眉をひそめて肩をすくめる。
悟「何言ってんだよ、俺はいつも通りだっての。変な勘繰りすんなよ。」
傑「ふぅん……そうかい?」
傑の声は柔らかいのに、含みのある調子だった。
悟はあくまで軽快に笑ってみせているが傑の言葉が核心を突いているのか、どこか居心地悪そうに頭を掻いているように見えた。
めいは息を潜めたまま、柱の影から2人を見つめ続けた。
悟の表情は誰もが知る天真爛漫なもののはずなのに、彼女の目には昨夜と同じ熱が一瞬だけ覗いたように見えてしまう。
そして傑の笑みは、まるでその裏側を知っているかのように意味深だった。
――まさか、気づいてる?
背筋を伝う冷たい感覚に、思わず両手を胸の前で握りしめる。
誰にも知られてはいけない。
あれは、決して知られてはいけないことなのに。
だが、悟と傑はすぐに気配を察したのか同時に視線をこちらに向けてきた。
咄嗟に姿勢を正して歩き出す。
あくまで自然に、何事もなかったように。
「おはようございます」
精一杯の平静を装って声をかける。
悟はにやりと笑った。
悟「よっ、副担任。朝から真面目だねぇ。」
軽く手を振る仕草はいつもと同じ、何も変わらない態度。
けれどその瞳の奥に潜んでいるものは、自分にしかわからない熱の色だった。
傑も微笑みを崩さないまま軽く会釈する。
傑「おはようございます。……元気そうで何より。」
その声には、やはり何かを探るような響きがあった。
めいは喉が渇くのを感じながらも、微笑みを作って頷いた。
「はい、ありがとうございます。」
それ以上余計な言葉を重ねると、何かが露呈してしまいそうで怖かった。
2人の間に漂う微妙な空気。
悟の軽快な明るさと、傑の含みを持った笑み。
そのどちらもが、彼女にとっては息苦しいほど重くのし掛かってくる。
――平然を装わなきゃ。
心の中で何度も繰り返し、足を進める。
けれど悟の視線が背中に突き刺さるように追ってくるのを、最後まで振り払うことはできなかった。