第7章 その手は逃がさない
翌朝、鏡の前に立った自分の顔を見て、めいは思わず小さく息を吐いた。
目元に疲れが残っているような気がして、ファンデーションを少し濃いめに塗り直す。
唇の端にはまだ微かな赤みが残っていて、それが昨夜のことをどうしても思い出させた。
――考えないようにしなくちゃ。
頭ではそう言い聞かせながらも、心臓の鼓動はまだ妙に落ち着かない。
悟と交わった翌日、職場に顔を出すのはあまりに気まずい。
けれど教師である以上、休むわけにもいかない。
校門をくぐると朝の空気は思ったよりも澄んでいて、ほんの少しだけ胸の奥の重さを和らげた。
それでも足取りは自然と慎重になって、誰かに顔色を覗かれていないかが気になる。
自分だけが秘密を抱えているような心地が、周囲の視線を勝手に鋭く感じさせた。
――普段通りに。
あくまで普段通りに。
職員室へ向かう途中、廊下の奥から聞き慣れた笑い声が響いてきた。
悟「ははっ、それオマエの妄想だろ? 俺はそんな真面目じゃねぇって。」
軽やかで、どこか人を小馬鹿にしたような調子。
それは紛れもなく悟の声だった。
続いて、もう1つの声が重なる。
傑「いやぁ……でも、悟がわざわざそんなふうに言うのは、何か理由があるんじゃないのかい?」
低く落ち着いた声色。
どこか人をからかうような柔らかさが滲む。
傑の声だ。
めいは立ち止まり、廊下の端から2人の姿を目にした。
昇降口近くで、悟と傑が肩を並べて立っている。
悟はいつもの無邪気さをまとった笑みを浮かべ、手をポケットに突っ込んだまま軽口を叩いている。
けれど傑は悟の言葉を聞くたびに口元に薄い笑みを浮かべ、その目だけが妙に鋭く光っていた。
――何を話してるんだろう。
胸がざわついた。
まさか昨夜のことを、悟が口にしているのでは――。
そんな不安が一瞬で背筋を冷やす。