第4章 2人きりで
悟「簡単に、手放せるもんじゃないって思った。……君が笑ったり、黙ったり、怒ったりする顔、全部焼き付いてて。……やっかいなくらい。」
目を伏せると、言葉が胸に食い込んでくる。
(こんなふうに言われたら……。)
けれど、また1歩踏み込めずにいた。
そのときだった。
夜「——悟、めい先生も。まだいたのか?」
突然、静かなノックと共に低い声が廊下から響いた。
すぐに扉が開かれ、夜蛾正道が姿を現す。
夜「もうすぐ消灯時間だ。生徒も教職員も原則、校舎を出る規則になってる。忘れてたか?」
悟「うっ……すみません、先生ぃ~。」
悟がわざとらしく頭をかきながら、笑って誤魔化す。
だがその声のトーンには、わずかに不満の色が混じっていた。
夜「めい先生も、お疲れさま。……あまり遅くまで残ると身体に触る。今夜は帰りなさい。」
「はい、すみません……ご忠告、ありがとうございます。」
きっちりと姿勢を正し、めいは一礼する。
夜蛾は、2人を交互に一瞥し特に何か言うでもなく、静かに扉を閉めて去っていった。
静寂が戻る。
悟「……くそ、良いとこだったのに。」
悟がぼやく。
「先生にそんな言い方して良いの?」
悟「いやいや、心の中だけだから。外には言ってないからセーフ。」
彼女は思わず小さく笑った。
それに反応した悟の目が、少し和らぐ。
悟「……ねぇ、めい。」
「……なに?」
悟「このあと、少しだけ歩かない?……学外、ちょっとだけ。」
「えっ……でも、」
悟「話の続き、どうしても今、したい。」
その言い方は、彼にしてはずいぶん素直だった。
彼の視線は、逃げ場を与えないほどに真っ直ぐだった。
「……わかった。でも少しだけ。」
悟「やった。」
子どものような笑みを浮かべながら、彼は上着を手に取る。
めいも、ゆっくりと席を立った。
何も始まっていないようで、すでに始まっていた。
職場も立場も、すべてが邪魔になる関係。
けれど、それでも近づこうとする彼の言葉に胸の奥がじわりと熱くなる。