第3章 優しい暴力
夕暮れの色が廊下の窓から差し込む。
西日が床を照らし、どこか物寂しく、そして艶のある金色の光が辺りを染めていた。
めいは鞄を片手に抱き校舎の2階、南棟の研究室へと歩を進めていた。
足音だけが静かな廊下にコツ、コツと響く。
——悟からのメッセージ。
【今、戻った。……まだ会える?】
たった1文なのに、心臓が強く跳ねた。
意識しないようにしても、指先に熱が籠もってしまう。
(……ちゃんと話そう。今日こそ。)
そんな決意を抱いたそのとき。
傑「あれ、これはまた珍しいところで会いますね。」
背後から柔らかな男の声が降ってきた。
瞬間、彼女の身体がぴたりと止まる。
振り返ると、そこには黒髪を高く束ね落ち着いた制服姿の夏油傑が廊下の窓辺にもたれ掛かるように立っていた。
「……夏油君。」
傑「こんばんは、めい先生。こんな時間にどこへ?」
彼は相変わらず微笑を崩さない。
穏やかで知的、そしてどこか掴みどころのない印象は他の生徒たちとは明らかに一線を画していた。
「少し、教務のことで……研究室に。」
傑「ふぅん。……悟のところ、ですよね?」
核心を突くような言い方に、思わず彼女の肩が微かに強張る。
「……ええ、まあ。」
ごまかすように小さく頷くと、夏油は口元に指を添えて“なるほど”と目を細めた。
傑「彼、君には随分と興味があるみたいですね。」
「……そんな風に見えますか?」
問い返す彼女に、夏油は笑みを崩さずに首を傾げた。
傑「見えますね。あの五条悟が、わざわざ“誰か”を追いかけるなんて、珍しい話ですよ。ましてや……教師という立場の人をね。」
「……」
それが意味するものを、めいは理解していた。
誰よりも自由で奔放な男。
周囲に何を言われようが気にしないように見えて、その実、彼は極端に“誰にも縛られない”性質を持っている。