第3章 優しい暴力
静かに、だが確かに——
彼の中に火が点った。
奪いたい。
自分のものにしたい。
誰にも見せたことのない顔を、誰にも許していない部分を全部。
自分だけのものに。
その感情が、ゆっくりと、しかし確実に彼の胸を満たしていく。
遠くから蝉の声が響く。
けれど、その音さえもかき消されるほどに彼の胸の中には濃く、熱く、独占欲という名の炎が燃え盛っていた。
——その夜、めいのもとに悟からメッセージが届く。
【今夜、時間ある?……話がしたいんだけど。】
その言葉の裏にあるものを、彼女はまだ知らなかった。
だが、それが“ただの話”で終わらないことを彼女の胸もまた、どこかで予感していた。
───────
夕方。
蝉の鳴き声が落ち着き、校舎の廊下に影が伸び始める時間帯。
めいは職員室での業務を早々に切り上げ、鞄を手に持ちながら廊下を歩いていた。
向かう先は、五条悟のいる研究室。
今日の放課後、彼からのメッセージには【話がしたい】とだけ短く書かれていた。
(……あの集会のあと、ずっとこっちを見ていたのは気づいてた。)
その視線は怒っていたわけでも、寂しげだったわけでもない。
ただ、何かを決意したような……
熱を宿した瞳だった。
(……ちゃんと、話さなきゃ。)
逃げては、いけないとようやく自分に言い聞かせた。
五条悟との関係。
一線を越えたあの夜。
再会してから始まった、言葉にできない距離と満たされない感情。
——全部、話すつもりだった。
だがその瞬間。
ちょうど曲がり角に差し掛かったところで、前から誰かが歩いてくる気配を感じた。
「……ん?」
彼女の視線の先に現れたのは白いシャツを腕まくりし、タバコ片手に歩く男——
伏黒甚爾だった。