第3章 優しい暴力
夏の終わりを思わせる、湿った風が校庭を通り抜けていく。
日差しはまだ強いが空はどこか高く、どこか澄んでいた。
全校集会。
生徒たちは整列し、教師たちは整然と壇上の下に並ぶ。
ざわめきの中に蝉の鳴き声が混ざり、地面の熱がじわじわと靴底を焦がす。
そんな中——
五条悟は、黒いサングラス越しに“ふたり”を見ていた。
伏黒甚爾と、めい。
壇上横のスペース、木陰で立ち話をするふたりは周囲の目など気にする様子もなく自然に会話を交わしていた。
めいは笑っていた。
頬に髪が掛かるのを指で払って柔らかく微笑み少しだけ前のめりになるようにして、甚爾に話しかける。
その顔に、作り物の仮面はなかった。
職員室で見せる、丁寧で礼儀正しい表情でもない。
まるで“昔から気の置けない相手”と話すような、そんな素の表情。
一方の甚爾もまた、いつもの無愛想な雰囲気を和らげ、どこか穏やかな目で彼女を見ていた。
口元にかすかな笑みを浮かべる。
その笑顔を、五条は初めて見た気がした。
悟(……何、あれ。)
胸の奥で、得体の知れない熱が渦を巻いた。
苛立ちとも怒りともつかない、もっと原始的な何か——。
嫉妬、だった。
悟(あいつと……どういう関係?)
何も関係がない。
そう思いたい。
だが、あの距離感、あの笑顔、あの空気。
五条の視界が、にわかに滲んだ。
唇を噛みしめるようにして、黙ってサングラスを押し上げる。
めいが甚爾の腕に軽く触れた。
ただのジェスチャーの1部かもしれない。
けれど、その瞬間、悟の指先がピクリと動いた。
悟(やめろよ、そんな顔……俺には、見せてくれなかったのに。)
あの夜、ホテルのベッドで泣くように喘いでいた彼女を思い出す。
再会してから、彼女はどこか距離を取っていた。
“関係ない”と言い聞かせるように、教師と生徒の線を引こうとしていた。
なぜ、あの男には心を開いている?
甚爾の存在は、五条にとって特殊だった。
互いに腹の底では警戒し合っている。
だがそれ以上に、悟は理解していた。
あの男は、誰よりも“踏み込んでくる”。
そしてめいのような芯があっても寂しさを抱えた女性には、きっと——
危険だ。