第2章 秘密の関係
夜「今日は、新しい副担任の先生を紹介するぞ。」
夜蛾先生に連れられて、初めて教室の扉を開けたとき——
その瞬間。
彼女の呼吸は、確かに止まった。
その教室の中に、彼がいたのだ。
五条悟。
白い髪、身長のあるスラリとした体躯。
あの夜、何度も自分を甘く貪った男がそこにいた。
(……嘘……なんで……。)
心の中で、呟きすら声にならなかった。
——逃げたのに。
——忘れたかったのに。
よりによって、なぜ彼がここにいるのか。
その理由を考えるより先に、彼の鋭い視線がこちらに向いた。
彼女と目が合ったその瞬間、五条の表情がふっと動いた。
驚きの色を一瞬浮かべた後すぐに、にやけたような笑みに変わる。
(——最低。こんな時に、なんで笑うの……。)
心が軋んだ。
記憶が、身体が彼の熱をまだ覚えていた。
それをすべて“なかったこと”にしたくて逃げ出したのに。
しかし、ここで動揺を見せるわけにはいかない。
彼女は深呼吸をし、口元に仄かな微笑を湛えて前へ出た。
「日向めいです。本日より副担任としてこちらに勤務いたします。皆さんと過ごす時間を大切にしていきたいと思っています。よろしくお願い致します。」
教科書通りの、完璧な挨拶。
その中に感情は一切ない。
無色透明に仕上げた声と表情。
だが、その内側では嵐のように感情が吹き荒れていた。
(落ち着いて……私は“教師”としてここに来た。あの人が、そこにいたとしても——関係ない。)
生徒たちが拍手をし、彼女は軽く頭を下げた。
五条悟は片手をポケットに突っ込み相変わらず飄々とした態度で、だがどこか目を離さず彼女を観察するような視線を向けていた。
(視線を感じる……嫌なほど、じっと……。)
だが、彼女は1度も彼の方を見なかった。
あの夜のことを知る唯一の男。
その存在が同じ場所にいるというだけで、心臓は引きちぎれそうなくらい緊張していた。