第2章 秘密の関係
悟「……俺のこと、知らないふりするつもり?」
「何のことでしょうか。失礼ですが、授業の準備がありますので——。」
彼女が踵を返して去ろうとしたその腕を、五条はすっと掴んだ。
強くはない。
けれど、明確に“逃がさない”という意志がそこにあった。
悟「なあ……あの夜のこと、本当に“なかった”ことにするの?」
一瞬、彼女の睫毛が震えた。
けれどその目は伏せられ、声は変わらず冷静だった。
「……なかった、ことにしてくれませんか。私は教師として、ここに来ました。あなたの……女になるためじゃありません。」
その言葉は、まるで刃のように五条の胸を刺した。
悟(……俺は、あの夜だけじゃ済ませる気なんてなかったのに。)
五条の手がそっと彼女の腕を離す。
目の前のめいは少しも取り乱すことなく、ただ静かにその場を去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、五条の唇がゆるく歪む。
悟「……ふーん、なるほどね。そう来る?」
彼女が距離を取れば取るほど逆に五条の中の“執着”が燃え上がっていくのを、自分自身でもはっきりと感じていた。
悟(面白いじゃん……逃げられたまま、終わると思う?)
五条悟の瞳が、サングラスの奥で鋭く光った。
それは、狩りを始める獣の目だった。
悟「——そのうちまた、俺の腕の中で啼かせてやるから。覚悟しといて、めい。」
めいは、正門をくぐったときから胸の鼓動が速かった。
初めて訪れるはずの場所。
だが、妙な既視感があった。
古びた校舎、木々に囲まれた静かな敷地、やけに澄んだ空気——。
「……ここが、赴任先の学校。」
スーツの襟を正し、ゆっくりと歩を進める。
副担任として数ヶ月の任期で配属されたこの職場は都内から少し離れた場所にある。
かつて大学で心理学と教育学を学び教員資格を取った後しばらく別の職種を経て再び教育の現場に戻ってきた彼女にとっては、これが本格的な教壇復帰とも言える機会だった。
そのはずだった。
ここに来るまでは、期待と不安の入り混じった“新しいスタート”のつもりだった。
……なのに。