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先生と生徒

第11章 逃れられぬ腕の中で


女は慌てて視線を逸らし、また書類に目を落とす。

だが、すぐに隣へと歩み寄ってくる足音が聞こえた。

甚「……大丈夫か?」

低く押さえた声。

耳元へ顔を寄せ誰にも聞かれないように囁かれた瞬間、女の背筋はびくりと震えた。

思わず振り返ると、至近距離に甚爾の顔。

強い目で見つめながら、彼は微かに眉をひそめていた。

その表情は“隠すな”とでも言うように、女の心を射抜いてくる。

「……何もない。」

とっさにそう返してしまう。

しかし声はかすれ、笑みも上手くつくれない。

甚爾は一瞬だけ目を細めると、さらに近づいて耳元に息をかけるほどの距離で囁いた。

甚「嘘つくときのお前の顔くらい、もう覚えちまった。……昨夜、何があった。」

鼓動が早鐘を打つ。

必死に平静を装おうとしても昨夜の恐怖がよみがえり、喉が詰まる。

――誰かに見られている気配。

――投げ込まれた手紙。

思い出した瞬間、手が机の上で小さく震えた。

甚爾はその震えを見逃さない。

机越しに女の手を覆うようにそっと触れ、声を潜める。

甚「……誰かに、脅されてるな。」

鋭い言葉に、女は息を呑んだ。

否定しようと口を開くが、声が出ない。

黙り込んだまま視線を落とす女を見て、甚爾は短く息を吐いた。

甚「やっぱりか……。」

低くつぶやくその声には、怒りが混ざっていた。

握られた手の温もりが、強引なのに不思議と心地よい。

“助けて”と言ってしまえば、彼はきっと動く。

そう分かってしまうからこそ、女は余計に言葉を詰まらせた。

「……放っといてよ。仕事中だし。」

ようやく絞り出した声は、かすかに震えていた。

だが甚爾は手を離さない。

むしろその指先に力を込め、耳元にさらに近づく。

甚「お前が泣きそうな顔してんのに、放っとけるわけねぇだろ。」

吐息混じりの囁きが、首筋をくすぐる。

女は思わず肩を竦め、顔を伏せる。

しかしその表情を隠す仕草すら、甚爾の眼差しから逃れることはできなかった。
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