第9章 『 小さな葛藤 』
その瞬間。
陸奥守さんの体が不自然な角度で動いた。
――刃が、審神者へ向く。
「この本丸を、私から奪ったあなたが憎いのよ」
女の姿をした影の声が、低く、ねっとりと絡みつく。
「……刀たちを癒した?折れたものを戻した?」
笑う声が少しずつ大きくなる。
「……そんなの、許せるわけないでしょうっ!!!」
陸奥守さんが、一歩、踏み出す。
糸に操られた人形のように。
「だからね」
影は、囁く。
「この子を使って、あなたを殺そうと思ったの」
「……っ!」
肥前くんが、叫ぶ。
「ふざけんな!!陸奥守は……陸奥守は、お前の道具じゃねぇ!!」
その必死な姿に鼻で笑う女の姿をした影。
「返せ!!陸奥守を、返せっ!!……返しやがれっ!」
陸奥守さんの瞳が一瞬だけ揺れて見えたほんの、刹那。
「……肥、前……の?」
かすれた声。
それを聞いた瞬間肥前くんの目から、涙が一雫零れ落ちた。
「陸奥守…さん…っ!」
影の女が、苛立ったように何度目かの舌打ちをこぼす。
「まーだ意識が残ってるの?」
空間がぎしりと軋しむ。
「……やっぱり、あなたのせいね。あなたのせいよ」
女の姿をした影の視線が、私を射抜いた。
憎悪と、執着と、歪んだ愛情。
全てが、そこにあった。
(……この人は)
私は静かに息を整える。
(あなたはもう“審神者”じゃない)
これは、未練と怨念が形を取ったもの。
生者でも、死者でもない。
「……肥前くん」
審神者は、震えを押し殺しながら、言った。
「陸奥守さんを、必ず取り返すよ」
一歩、前へ。
女の姿をした影に近づく私。
「だから――少しだけ、信じて……待っていて」
その瞬間。
審神者の足元から淡い霊力が、静かに広がり始めた。
それは、怒りではない。
支配でもない。
――守るための力。
女の姿をした影が初めて表情を歪めた。
「そんな力、聞いてないわ」
なんて嘆く。
闇が、ざわりと逆巻く。
戦いは、避けられない。