第9章 『 小さな葛藤 』
闇が、ざわり、と波打った。
陸奥守さん背後――何もないはずの空間が、ゆっくりと歪む。
「……っ」
空気が冷える。
霊力の流れが一気に濁った。
その歪みの中から、“影”が滲み出るように人の姿が現れた。
それは、女の姿をしていた。
だが――どこをどう見ても生きている者の気配ではない。
髪は濡れたように垂れ、顔は影に覆われて表情が読めない。
それでも、はっきりとわかる。
(……この人、だ)
私の喉が、ひくりと鳴った。
「前任の……審神者……」
女の姿をした影は、くつくつと、喉の奥で笑った。
「……御明答」
声は、耳に直接流れ込むように響く。
「よく、気づいたわね」
陸奥守さんの体が、びくり、と跳ねる。
糸が引かれるように刃を握る手が持ち上がった。
「この子、とっても素直でねぇ」
女の姿をした影は、陸奥守さんの肩に手を置いた。
指はあるのに、触れていない。
それでも、確かに“縛っている”。
「現審神者の貴方を、守ろうとするのよ」
肥前くんが一歩前に出る。
「やめろ……!」
不気味な笑みを浮かべる女の姿をした影は、楽しそうに首を大きく大きく傾けた。
「貴方は邪魔よ 、消えなさい……」
と、気味の悪い笑みをつけて。