第8章 『 距離 』
最近、主は一歩引くようになった。
廊下ですれ違えば、以前のように声をかけることはなく。
「おはようございます、鶴丸さん」
ただ、それだけ。
軽く会釈をして、それ以上踏み込まない。
(……あ)
鶴丸は、胸の奥が冷えるのを感じた。
話しかければいい。
笑って、いつも通りに。
そう思うのに、主はもう歩き出している。
(避けてる、か)
違う。
避けているのは、俺の方なのに。
主の側も、静かだった。
(……私、邪魔だったのかな)
以前よりも話しかけられない。
目が合っても、すぐ逸らされる。
(あんまり、話しかけられるのは好きじゃないのかも)
刀剣男士たちは忙しい。
主だからといって、誰にでも踏み込んでいいわけじゃない。
そう自分に言い聞かせ、距離を取ることを選んだ。
夕刻。
縁側で、鶴丸はぼんやり空を見ていた。
「……鶴さん」
燭台切光忠が、隣に立つ。
「元気ないね」
肩に、ぽん、と手が置かれた。
「らしくない顔してる」
「……そう見えるか?」
「うん。すっごく」
燭台切は、柔らかく笑う。
「主も、ちょっと元気ないようだし」
その言葉が、胸に突き刺さった。
「鶴さんが元気ないとさ本丸って、少し暗くなるんだよ」
嫌味でない事ぐらいわかっている。
「だから」
ぐっと親指を立てる。
「元気出してよ。鶴さん」
「驚かせ役が、落ち込んでたら締まらないでしょ?」
苦笑が、零れた。
「……相変わらず、優しいな」
「当たり前」
燭台切は、何も聞かず、何も責めなかった。