第5章 『 私の力 』
夜更け。
本丸は、深い静寂に包まれていた。
障子越しに差し込む月明かりが、一振の刀身を淡く照らしている。
鶯丸の――折れ、眠り続けていた刀。
「……変だな」
ぽつりと、声が落ちた。
気づいたのは、私だった。
胸の奥が、微かに温かい。
あの感覚――誰かに触れた時と、同じ。
私は、ゆっくりと刀の前に膝をついた。
「鶯丸……」
返事はない。
それでも、その名を呼んだ瞬間。
――かすん。
刀身の奥で、鈍く、しかし確かな光が揺れた。
「……!」
思わず息を呑む。
ひび割れたはずの刃文に、淡い金色の筋が走る。
まるで、時間が逆流するように。
「……おい」
背後で、荒い声。
振り向くと、大包平が立っていた。
目を見開き、刀から、私へ、そして再び刀へ。
「今の……」
刀身が、もう一度、震える。
今度は、はっきりと。
「……回っている」
大包平の声が、震えた。
「霊力が……鶯丸の刀に、巡っている……!」
彼は、思わず一歩前に出る。
「馬鹿な……折れた刀だぞ……?」
信じられない、という顔。
それでも。
「……生きてる」
絞り出すように、言った。
「まだ……鶯丸は、ここにいる……!」
拳を強く握りしめ、歯を食いしばる。
「……っ」
次の瞬間。
「――ははっ」
笑った。
いや、笑ってしまった、という方が近い。
「なんだそれ……」
声が、震える。
「散々、終わったって言われて……」
視界を、手で乱暴に拭う。
「……主」
大包平が、私を見る。
その目は、もう、昨夜の激情とは違う。
「頼む」
頭を下げる。
「俺は……俺が折られなかっただけの刀だ」
「だが、あいつは違う」
震える声で。
「鶯丸を……戻してくれ」
静かに、刀身が、温かく光る。
私は、そっと手を伸ばした。
触れず、触れない距離で。
「約束します」
言葉は、小さかった。
けれど。
本丸の結界が、やさしく、脈打った。
その夜。
初めて。
折れた刀が――“戻る可能性”を、示した。