第3章 『 よろしくお願いします。 』
柱から手を離し、もう一歩踏み出そうとした、そのとき。
「……主」
背後から、低く抑えた声がした。
びくりと肩が跳ねる。
振り返ると、廊下の先に、あの高身長の近侍が立っていた。
足音は、まったく聞こえなかった。
「……いつから、そこに?」
「今しがたです」
そう答えながら、彼はゆっくりと距離を詰めてくる。
近づいても、威圧感はない。
むしろ、大広間にいたときよりも、ずっと静かだった。
「無断で後を追いました。失礼を」
そう言って、立ち止まる。
「……大丈夫、ですか」
その一言で、張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
「……平気です」
即答してから、自分でも苦笑する。
「多分」
視線を落とすと、足先がまだわずかに震えているのがわかった。
近侍は、それを見逃さなかった。
「……無理をなさいました」
責めるでも、憐れむでもない声音。
「初日から、あの場に立たされれば、当然です」
「……そう、ですか」
「ええ」
短く、しかしはっきりと頷く。
少しの沈黙。
「……止めてくれて、ありがとうございました」
ようやく、そう言えた。
「礼を言われることではありません」
近侍は、目を伏せる。
「私は、主の近侍です。主を守るのが、務めですから」
その言葉が、胸に落ちる。
――近侍。
さっきまで、ただの役職だと思っていた言葉。
けれど今は、少しだけ重みが違った。