第9章 『 小さな葛藤 』
大広間の空気はまだ冷えたままだった。
畳に座り込んだ主の背中にふと、気配が重なる。
「……やっぱり、ここにいたか」
聞き慣れた声。
でも、いつもの軽さがない。
主は振り向けなかった。
返事も、できなかった。
そのまま一歩、また一歩。
ゆっくりと近づく足音。
「無理してる顔、隠すの下手だよな」
それだけ言って鶴丸国永は――主の背中にそっと触れた。
逃げ道を塞ぐでもなく、捕まえるでもなく。
ただ、包むように。
背中から腕を回してくる。
「……っ」
主の体がわずかに震えた。
「驚かせるつもりじゃなかったんだけどさ」
声は低く囁くように。
「今のまま放っておいたら主、そのまま壊れそうだったから」
抱きしめる力は強くない。
けれど、確かに温かくて逃げられない距離。
主はやっと小さく息を吐く。
「……鶴丸さん……」
「大丈夫だ」
即答だった。
「さっきの“闇”は、もうここにはない」
「今ここにいるのは、ちゃんと生きてる主だけだ」
額が主の後頭部に触れるほど近い。
「……怖かったな」
その一言で堰が切れる。
「……うん……」
喉が詰まり声が震える。
「私……ああなってたかもしれないって……」
「刀たちのこと、守れなくなってたかもしれないって……」
鶴丸の腕がほんの少しだけ強まる。
「それでも、主は主のままだ。逃げなかったし、手を伸ばした……それができる人間は、簡単には壊れない」
しばらく二人とも何も言わない。
ただ、静かな呼吸だけが重なる。
鶴丸は自分でも驚くほど、この距離を離せなかった。
(……俺、何してるんだろうな)
(主に触れすぎだろ)
でも主の震えが少しずつ止まっていくのを感じてしまって――離れられなかった。
「……このまま、少しだけでいいから」
「一人になるな」
それは、命令でも冗談でもない。
ただの、鶴丸国永の本音だった。