第3章 『 よろしくお願いします。 』
襖を閉めた瞬間、音がやけに大きく響いた。
その場に、私ひとり。
次の一歩を踏み出そうとして――足が、動かなかった。
「……っ」
膝が、震える。
力を入れているつもりなのに、言うことをきかない。
さっきまで立っていられたのが、嘘みたいだった。
私は慌てて、廊下の柱に手をついた。
(……今さら、か)
喉の奥が、ひりつく。
大広間では、あんなに啖呵を切ったくせに。
言いたいことも、言い返すことも、ちゃんとできた――はずなのに。
一人になった途端、全身から力が抜けていく。
「……怖かった」
声に出した瞬間、情けなさが込み上げる。
あの視線。
あの殺気。
刃を向けられていないのに、斬られたような感覚。
――私、よく立ってたな。
膝が、がくりと落ちそうになる。
必死に歯を食いしばって、なんとか踏みとどまる。
(ここで座り込んだら……負けだ)
誰に、というわけでもない。
それでも、そう思った。
深く、息を吸う。
吐く。
……少しだけ、震えが収まった。
そのとき。
指先が、じんわりと熱を帯びる。
「……?」
何かが、胸の奥から立ち上がってくる感覚。
怖さと一緒に、別のものが混じる。
――消したくない。
まだ名前も知らない。
けれど、大広間にいた刀剣男士たちの姿が、脳裏に浮かぶ。
「……消えないで」
小さく、呟いた。
その瞬間、空気が微かに揺れた。
自覚はない。
けれど、確かに。
私の中で、何かが“審神者”として動き始めていた。
私はもう一度、柱から手を離す。
震える足で、一歩。
ゆっくりと、前へ。
まだ、怖い。
それでも――
逃げるつもりは、なかった。