第10章 『 主と刀である前に 』
「……主、立ってないで来いよ」
豊前江が軽く手を振る。
その輪の中――なぜか、ひとつだけ空いている場所があった。
鶴丸国永の、隣。
気づいた瞬間、ほんの一拍だけためらってしまう自分に気づきながら、審神者は何も考えないふりをして、そこに腰を下ろした。
「……ありがとうございます」
手の中のコーヒー牛乳と、卓の上に並ぶ酒瓶たち。
明らかに温度が違うその光景に、加州が笑う。
「主だけ別ジャンルじゃん。かわい」
「風呂上がりなので、これが一番美味しくて好きなんです」
「ほう……月見酒と月見牛乳か。これはこれで風流かもしれんな」
三日月がくすりと笑い、一期は静かに盃を差し出す。
「無理に飲まれなくて結構です、香りだけでも」
月は高く、夜風は柔らかく、
誰かが戦の話をして、誰かが遠征の愚痴をこぼし、他愛ない会話が静かに流れていく。
なのに。
鶴丸とだけ、視線が合わない。
すぐ隣にいるのに声も聞こえる距離なのに、お互い、まるで意識していないふりをしているみたい……。
……している、はずなのに。
「……寒くないか」
不意に、低い声。
気づいた時には鶴丸の肩と自分の肩が、ほんのわずか触れていた。
「だ、大丈夫…です…」
そう答えたはずなのに、次の瞬間羽織がそっとこちらにかけられる。
「念のため。風邪ひかれたら困るだろ?」
距離、近すぎる。
酒の匂いと、布の温度と、すぐ横にある心音。
月を見ているはずなのに、月なんて全然見ていられなかった。