第2章 『 後任審神者 』
元の席へ戻り、今度はちゃんと座布団の上に座る。
顔を上げた瞬間、自然と視線が合った。
他の刀剣男士たちより、わずかに前へ出て座している一振り。
場を支配するような存在感。
「すまぬな、審神者殿」
唐突な謝罪。
「……それは、何についての謝罪なんですか」
ため息混じりの声が、自分でもはっきりわかるほど疲れていた。
男は、はっはっはと朗らかに笑う。
「こちらも驚いておる」
その瞳が、細められる。
「聞いていた後任は、男性だと伺っていたものでな」
――また、その笑い。
不思議な刀剣男士だ。
他の者たちとは明らかに違う“圧”がある。
特に、目。
月のような文様が浮かぶ瞳に、一瞬、見惚れてしまった自分が悔しい。
「……それでも、ですよ」
気づけば、声が出ていた。
「挨拶は礼儀です。日本にいる以上、常識は守ってください」
やけくそだ。
自分でも、変な怒り方をしている自覚はある。
それでも、ここで黙ったら――
確実に、下に見られる。
「それに、私は女です」
きっぱりと言い切る。
「それも、なんの力も持たないか弱い女です。威嚇が消えただけ、まだ良しとしましょう」
一瞬、空気が凍る。
「……本当に」
言葉を切り、睨み返す。
「前任様から、何を学んだんですか」
大広間が、しんと静まり返った。
「――審神者殿よ」
低く、押し殺した声。
「それは……聞き捨てならんな」
笑みが消える。
代わりに現れたのは、研ぎ澄まされた刃のような視線。
「では」
私は一歩も引かず、言い返した。
「これからは、気をつけてください」
男の顔色が、はっきりと変わった。
畳の上に、殺気が落ちる。
他の刀剣男士たちが、息を詰める気配が伝わってくる。
――それでも。
私は勢いよく立ち上がった。
これ以上、ここにいる理由はない。
そのまま襖へ向かい、今度こそ迷わず開けた。
背中に突き刺さる、鋭すぎる視線。
けれど、振り返らなかった。
「……っ」
誰かが何か言った気がしたが、聞こえないふりをした。
襖の向こうへ出た瞬間、胸の奥で心臓が大きく跳ねる。
(……完全に、怒らせたかな)
そう思いながらも――
不思議と、後悔はなかった。