第10章 『 主と刀である前に 』
廊下の影に立ったまま、鶴丸は視線を逸らせなかった。
主の肩に置かれた長谷部の手。
支えられながら、無理に笑おうとする表情。
(……大丈夫、なわけないだろ)
胸の奥で、何かが静かに崩れる音がした。
距離を取るって決めたのは、自分だ。
邪魔しないって決めたのも、自分だ。
主が審神者として立ち続けるために、刀が余計な感情を持つべきじゃないって、一番最初に思ったのも、自分だった。
でも。
(……俺、距離取るとか言ってる場合じゃなくないか?)
そんな言葉が、唐突に心に浮かぶ。
今の主を見てそれでも何もせずに引き返せるほど、自分は冷静だったか?
“寂しがり屋なくせに、誰にも甘えない”
その背中を知ってしまった今、見ないふりなんて、できるはずがない。
(守りたいって、こういうことかよ……)
刀としてじゃない。
近侍としてでもない。
ただ、一人の存在として。
“失いたくない”と思ってしまった瞬間鶴丸国永の中で、何かが決定的に変わった。
もうこれは、驚かせるだけの軽い感情じゃない。
自分でも止められないほど深いところまで、
踏み込んでしまっている――そんな予感だけが静かに胸に残っていた。