第10章 『 主と刀である前に 』
次の瞬間、強く腕を掴まれた。
ぐっと引き寄せられて、私は長谷部の胸元にぶつかる。
「……っ」
息が詰まる。
長谷部の手は想像以上に力強く、それでいて震えているのが分かった。
「無理を……なさらないでください……!」
声が、少しだけ掠れていた。
いつも冷静な近侍の声とは違う。
焦りと、不安が混じった、生の感情。
「大丈夫、ほんとに……ちょっと立ちくらみ」
そう言いながらも、心臓の音が耳の奥でうるさく鳴っていた。
長谷部は、すぐには手を離さなかった。
「……少し、ゆっくり参りましょう」
その声は、命令ではなく。
忠告でもなく。
ただの、心配だった。
私はその優しさが逆に苦しくて小さく頷くしかできなかった。
その光景を少し離れた廊下の角から鶴丸国永は、黙って見ていた。
障子の影越しに見える、二人の姿。
ふらつく主を、必死に支える長谷部。
大丈夫だと笑おうとする主。
(……なんだよ、それ)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
距離を取るって決めた。
邪魔しないって決めた。
それなのに。
(あんな顔……)
あんな、無理して平気なふりする顔。
あんな、誰にも頼れないみたいな顔。
鶴丸は、知らないうちに拳を握りしめていた。
(……俺、逃げてるだけじゃないか)
主のため、なんて言いながら。
本当は、自分が傷つくのが怖いだけで。
その場から動けずにいる鶴丸の背中に朝の光だけが、静かに差し込んでいた。
この時点で、もう誰よりも主を気にしているのが
自分だということに――まだ、鶴丸本人だけが気づいていなかった。