第9章 『 小さな葛藤 』
その時。
「――主よ」
低く澄んだ声が響いた。
闇の向こうから。
「その悲しみは、汝のものではない」
三日月宗近の声。
「見ることと、飲まれることは違う」
霧が、わずかに揺らぐ。
次いで。
「主!!」
叫び声。
何度も、必死に。
「主!!聞こえてるだろ!!」
――鶴丸さん。
(……声)
胸の奥がぎゅっと締まる。
「帰ってこい!!」
必死で、壊れそうな声。
「置いてかないでくれ!!」
その声は闇を裂く刃じゃない。
でも。
確かに道を示していた。
(……私は)
私は足元を見た。
闇の中に、かすかな光の筋。
(……戻る)
助けられる側じゃない。
戻ると、決めた。
「……聞こえてる」
小さく、でも確かに呟く。
声のする方へ、手を伸ばす。
闇が、絡みつく。
引き戻そうとする。
「……それでも」
歯を食いしばり一歩。
また一歩。
「私は――ここに、いる」
最後に強く踏み出した瞬間。
――ぱっと、視界が開けた。
「主!!」
鶴丸さんが目の前にいた。
伸ばされた手を私は迷わず掴む。
「……ただいま」
その言葉に鶴丸の表情が崩れる。
三日月が静かに頷いた。
「戻ってきたな」
闇はもう審神者を呑み込めない。
救えなかった過去を知ったからこそ。
今度は、引きずられずに、立っていられた。
――この本丸の主として。