第10章 優しさ
傑「入っても良い?」
小さく頷くと彼はみみの髪を一瞥してそっと撫でるような目をしてから、靴を脱いで部屋に入ってきた。
足音ひとつ立てず、まるで気配を消すように。
傑「……食べてる? 眠れてる?」
「……少し、は……。」
掠れた声でそう答えると傑はみみの方を向いて、眉根を寄せた。
傑「顔、赤い。……熱とかじゃないよね?」
手の甲がみみの額に触れる。
その瞬間、思わずびくりと肩が震えた。
傑「……ごめん、いきなり触って。嫌だった?」
「ううん……ちがう。……ちがうけど……。」
でも。
優しさに触れると、壊れそうになる。
張り詰めていた何かが、傑の指先の温もりで溶けてしまいそうで。
傑「あのさ。」
ふいに、傑がみみの手を取った。
大きくて指が長くて、包み込むような掌。
悟とはちがう、安心感に満ちた手。
傑「……悟と、何かあった?」
呼吸が止まった。
喉の奥が詰まって、答えられない。
傑はそのまま手を離さず、目を細める。
傑「彼、……ああ見えて、結構繊細だからさ。怒りとか、独占欲とか……全部ぶつけるくせに、どこかで自分に怯えてる。」
みみの指を優しく撫でながら、傑は続ける。
傑「……苦しいなら、無理しなくて良いよ。逃げても良い。私が、そうしてほしいと思ってるわけじゃないけど……でも、誰にも縛られずにいられる時間も、大事だから。」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
悟の腕の中では、みみのすべてが縛られていた。
思考も、感情も、身体も。
全部が、彼の欲に飲み込まれていった。
でも今、傑の前では――
ただ、ひとりの“みみ”でいられる気がした。
「……傑。」
名前を呼ぶと彼は少し驚いたように目を見開いて、そして静かに笑った。
傑「ここにいるよ。ちゃんと、見てるから。君のこと。」