第9章 誰にも触れさせない
悟「今すぐ帰るよ。」
甚「おい、ちょっと待てよ。」
甚爾が1歩踏み出す。
だが悟はその場から動かず、声だけで遮った。
悟「“預かってた”だけ、なんて言わせないからね?」
目を逸らしたままのみみに、悟がゆっくりと問いかける。
悟「帰りたくないって言うなら、僕は無理やり連れて行ったりしないよ。けど……帰りたいなら、今ここで言って。僕は、全部受け止めるから。」
その声は、怒りの奥に優しさが混ざっていた。
それが、彼女の胸を強く揺らす。
「……帰るよ、悟。」
唇が震えながらも、はっきりと答えた。
それを聞いた瞬間、悟の表情が緩んだ――
ほんのわずかに。
だが、甚爾の眼差しは冷えたままだった。
懐からタバコを取り出し火もつけずに咥えると、低く吐き捨てた。
甚「……チッ、しけた話だ。」
そのまま背を向け、煙草を指で弄びながらビルの角へと姿を消していく。
みみは、歩き出した悟の後を追う。
無言のまま彼の隣に並ぶと、ぽつりと声が落ちた。
「……怒ってる?」
悟は答えない。
代わりに、スッと手を差し出してきた。
悟「……手、貸して。ちゃんと歩ける?」
その手の温かさに、みみの目元がじんわりと熱くなる。
昨夜、強く求められ縛られるように抱かれた感覚とはまるで違う――
けれど、その手もまた強くて、優しい。
「……ごめんね。」
悟「……帰ったら話して。」
短く、それだけ言った彼の声は、まっすぐだった。
けれど、その奥に燃えている感情――
怒り、嫉妬、独占欲――
それは、静かに噴き上がろうとしていた。
そして彼はまだ知らない。
みみの身体の奥に、昨夜の熱がまだ残っていることを。