第8章 抗えない夜
甚「この部屋の良し悪しなんか、すぐにどうでもよくなるぞ。」
「っ……。」
首筋をなぞる指。
ぞくりと背筋が震えた。
逃げ場のない室内。
壁に背を押し当てられ、彼女は真正面から甚爾の視線を受ける。
その目は欲と、なぜか哀しみを宿していて……
息を呑むしかなかった。
甚「……嫌ならやめとく。無理に抱く趣味はねえ。」
「……嫌じゃない。……ただ……怖いの。」
ぽつりと漏れたその言葉に、甚爾は少しだけ目を細めた。
甚「怖いのは、俺か?」
「違う……私自身、が。……こうしてることに、理由がつけられなくて。」
甚「理由なんざ、後付けで良いだろ。欲しいと思ったから手を伸ばした……それじゃ、駄目か?」
その言葉と共に、甚爾の手が頬に添えられた。
指先は荒れていて、優しさよりも野性を感じる。
けれど、どこまでも誠実だった。
少なくとも、この瞬間だけは。
「……私、壊れてるよ。」
甚「なら──壊れたままで、俺に抱かれてみろよ。」
囁く声の直後、唇が重なった。
乱暴とも優しさともつかないキス。
彼女は一瞬目を見開き、けれどすぐに瞼を閉じた。
頭の中の“正しさ”は、もうとうに手放していた。
カーディガンを脱がされ、制服のボタンが外される。
ボタン1つずつを外されるたび、何かがこぼれていくような気がした。
羞恥、後悔、怒り、虚無──
全部、甚爾の掌の上で剥がれていく。
甚「……やっぱ、無理してんじゃねーか。肩、めちゃくちゃ張ってる。」
「……そう、かな……。」
甚「バレバレ。ほら──ちょっと力抜け。」
ベッドに押し倒すのではなく、彼女の背中をそっと抱えて膝に乗せるようにして座らせる。
甚「体の強張りなんか、全部……俺が溶かしてやるよ。」
低く、くぐもった声。
男の指が首筋から鎖骨、胸元へと優しく滑る。
熱い。
肌が呼吸が、意識が蕩けていく。
「……甚爾……。」
彼の名を呼ぶとキスは深く、舌が入り込んでくる。
目が眩み重力を忘れ、ただこの腕の中に溺れていく。
自分がなぜここにいるのか、何を失ったのか。
そんなことすら、もうどうでもよくなるほどに。
──この夜が終わらなければ良いとさえ、思った。