第7章 挑発
そこに立っていたのは、黒い制服の裾を翻した夏油傑だった。
いつもと変わらない笑みを浮かべていたが──
その目の奥は、まるで別の感情で濡れていた。
「……傑?」
彼女が驚いたように小さく呟くと、夏油の視線がそっと彼女へ向けられる。
腕の中に抱かれ、涙で濡れた頬。
悟のシャツをぎゅっと握りしめるその様子。
──そして悟の両腕が、確かにその身体を守るように包み込んでいること。
傑「失礼したね。」
悟「……いや、良いよ。」
悟が言葉を返しながらも、彼の声にはどこか緊張が混じっていた。
夏油傑は静かに部屋へと入り、足音も立てずに近づく。
傑「彼女の様子が気になってね。野薔薇から、少し"様子が変だ"って聞いてたから。……でも、これは──なるほど、そういうことだったのか。」
「……違う、傑。これは、ただ……。」
彼女が何かを言いかけると、夏油は手を軽く上げて制した。
その笑みは変わらない。
けれど笑みの下に隠された一瞬の陰が、彼女の胸をぎゅっと締めつける。
傑「……安心したよ。君が誰かに守られてるのは、見ていて悪い気はしない。ただ……。」
ふと、夏油は悟に向き直る。
その微笑のまま、ほんの僅か目を細めた。
傑「ずいぶんと……独り占めだな、悟?」
悟「……傑?」
傑「別に、皮肉じゃないよ。ただ、少しだけ……。」
夏油は彼女の方を一瞬だけ見た。
その瞳に映るのは羨望か、諦めか──
それとも、まだ言葉にしていない何か。