第7章 挑発
悟「見たよ。」
淡々とした返事だった。
だが、すぐに続いた言葉は彼女の胸に深く突き刺さった。
悟「見て、胸が潰れそうだった。僕の大切な人が他の誰かに、あんなふうに触れられてるのを止められなかった。」
五条悟の声が震えた。
微かに、ほんの少しだけ──
その仮面が、崩れていた。
悟「……でも、それでも。僕は、君を責めない。できない。」
彼はぐっと目を閉じると次の瞬間、椅子を引いて立ち上がり彼女の前に膝をついた。
悟「大丈夫。僕はここにいる。誰に何をされたって、君が僕を必要とする限り、絶対に離れない。」
その言葉に、彼女の目から涙が零れた。
「──ごめんなさい……悟、ごめん……!」
悟「謝るなって言ってるだろ。泣いてんの見たくて呼んだわけじゃない。」
そう言って彼は彼女の頬に触れ、そっと抱きしめた。
その腕は大きく、包み込むように温かかった。
だけど、どこかぎこちない。
本当は怒っているのに、それを必死で押し殺している。
それが彼女には痛いほど伝わった。
──彼は、私を守ってくれる。
けれど、私は今……彼を、傷つけてしまった。
その罪悪感と安堵が入り混じる中、彼女は悟の胸に顔を埋め、ただただ静かに泣いた。
「……悟、ごめん、私……本当に……っ。」
彼女が絞り出すように言葉を漏らすたび悟はただ黙って、抱きしめる腕に力を込めていた。
悟「……泣かせたいわけじゃないんだけどな、僕……。」
ぽつりと洩らした言葉は、どこか情けなくて優しかった。
彼女の頭を撫でながら、五条悟は目を閉じる。
この温度ごと、抱きしめてやりたい。
けれど、どうしても拭えない"何か"が胸にこびりついていた。
そのとき──
傑「……ずいぶんと"熱のある会議"をしているようだね、悟。」
聞き慣れた、けれどこの場には不釣り合いなほど静かな声が会議室の扉の向こうから届いた。
悟が顔を上げるより先に、重い扉がゆっくりと開いた。