第7章 挑発
夕暮れの光が校舎の窓を朱に染めるころ彼女は言われた通り、校舎の最上階にある会議室へと足を運んだ。
扉の前に立つだけで、心臓の鼓動が耳に響く。
──悟に、会う。
野薔薇に背中を押されアイスで少しだけ落ち着いたはずの心は、もうまた乱れ始めていた。
震える指でドアノブに触れ、意を決して扉を開ける。
そこには背中を向けたまま窓際に立つ、長身の男──
五条悟がいた。
悟「……来た?」
彼は振り返らずに言った。
「うん……来た。」
扉を閉めた瞬間、空気が変わる。
外の蝉の声さえ遠くに感じるほどの、静かな緊張が会議室に満ちる。
悟「座って。そんなかしこまらなくていいよ。別に……叱るつもりはないからさ。」
その言葉には確かに優しさがあった。
けれど、彼女の知っている"五条悟の声"ではなかった。
いつもの軽やかさや余裕が削ぎ落とされた、研ぎ澄まされたような声。
彼女は黙って椅子に腰を下ろした。
悟も席につく。
少しの間、沈黙がふたりを包む。
悟「……聞かせてくれる? あれが、どういう経緯だったのか。」
そう言いながらも、悟は真正面から彼女を見ない。
視線は机の上に置かれたペンや、何も書かれていないノートに落ちている。
けれど、彼女にはわかった。
彼は今、感情を押し殺していた。
「……あの時、宿儺に……急に変わって……。」
悟「うん、見ればわかる。」
彼女の言葉をさえぎるように、悟が静かに言う。
だが、声には刺はなかった。
むしろ痛みを呑み込んだような、乾いた音だった。
「でも……私……抵抗、できなかった。」
そう口にした瞬間、喉が詰まった。
こみ上げてくるものを抑えるように、両手を膝の上で握りしめる。
「わかってた……宿儺の気配も、気持ちも。でも、私……怖くて、動けなかった。怖いのに、どこかで、身体が……。」
その先を言えなくて、唇を噛む。
沈黙。
悟は、ゆっくりと視線を彼女に向けた。
その目は、怒っていなかった。
ただ、真剣だった。
どこまでも静かに、まっすぐに。
悟「……責めるつもりはないよ。アイツに抗える奴なんて、そうそういない。僕だって悠仁の中で暴れられたら、全部止められるわけじゃない。」
「でも──悟、見てたでしょ……あんな……ひどい姿……。」