第7章 挑発
彼女は顔を上げられない。
羞恥と、どうしようもない後悔が喉の奥につかえたまま呼吸すらままならない。
静かすぎる。
悟は、ふぅと小さく息を吐くと、その場にしゃがみ込み彼女の頬に手を添えた。
──彼は怒っていない。
けれど、“笑っていない”悟ほど怖いものはなかった。
悟「部屋の後始末は、あとで僕がやる。……悠仁は、身体を拭いて、僕のとこ来て。」
それだけ言い残し悟は悠仁の肩に手をかけると、部屋を出ていった。
その背中から、ほんの一瞬、何かが滲み出た。
──それは、寂しさだった。
いつも自信に満ち世界のすべてを見下ろしていたはずの男が、たった1人の女を前に傷つき黙って背を向けた。
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グラウンド脇のベンチに、彼女は1人座っていた。
夕陽に照らされたその背中は小さく、頼りなく見えた。
制服の襟元はまだ乱れ、髪も整っていないまま──
まるで、あの部屋の空気をそのまま引きずってきたようだった。
腕に抱えた膝に顔をうずめ、じっと動かずにいる。
何も考えたくない。
ただ静かに、ここから消えてしまいたかった。
──なんで、あんなことに……
──どうして、私は……
ぐるぐると思考が巡るたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
誰の顔も思い出したくなかった。
悟の視線も悠仁の顔も全部、刺のように心を締める。
そんなとき。
野「──ちょっと、アンタ。ここで何しけたツラしてんのよ。」
ぱんっ、と勢いよく背中を叩かれて彼女はびくりと顔を上げた。