第5章 微熱の帰路
朝の空気は、いつもより湿っていた。
夜中に降った雨が石畳を黒く染め、空にはまだ雲が残っている。
高専の食堂は、まだ朝食の時間帯で学生たちはまばらにテーブルに着いていた。
みみはその片隅、いつもの席に座っていた。
だが、いつもと違うのは――
伏黒恵が、みみの正面を避けるように斜めの席に黙って座っていたことだった。
目を合わせない。
言葉もない。
代わりに、彼の指がトレイの端を無意識に何度も叩いている。
野「……アンタたち、なんかあった?」
唐突に、釘崎野薔薇の声が飛んだ。
みみはびくりと肩を揺らし、思わず味噌汁の椀を落としかけた。
だが野薔薇はまっすぐみみを見つめたまま、唇を歪めた。
野「ていうか……伏黒がさ。今朝からずっと目、泳がせてんの。アンタから、っていうか……“目の前の何か”から。」
“伏黒”――
その名前を呼ばれた少年は箸を持つ手を止めて、小さく舌打ちしたように見えた。
悠「釘崎……やめろよ。」
と、隣で虎杖悠仁が眉をしかめながら言った。
悠「でもさ、伏黒……なんか、変だぞ。顔も赤かったし、さっきからみみと1回も目合わせてないし……もしかして、熱あるとかじゃ――。」
恵「ない。」
恵が珍しく遮るように言い放つと、食堂の空気が一瞬ピリついた。
悠仁と野薔薇が顔を見合わせた。
みみは俯いたまま、湯気の立つ椀の中を見つめた。
……やっぱり、隠しきれてなんかいなかった。
食事が終わるとすぐ、みみは席を立った。
廊下に出て冷たい空気を吸い込む。
肺の奥にしみる感覚が、かろうじて思考を繋ぎ止めてくれる。