第5章 微熱の帰路
気がつけば窓の外は夕暮れを越え、暗く濡れた夜が訪れていた。
空気にはまだ雨が降りきらない湿り気がこもっていて、部屋の中もどこか蒸していた。
みみは制服を脱ぎベッドの上で丸まっていたが頭の奥に張りつくように残る記憶が、どうしても離れてくれない。
伏黒甚爾の指先。
低い声。
夏油傑の沈黙。
ふたりの視線の狭間に立たされたあの時間が、脳裏を擦るように蘇ってくる。
そして、そこに割り込むようにして――
コン、コンと、控えめに扉がノックされた。
恵「……みみ、起きてるか?」
声は伏黒恵だった。
躊躇いがちな声色。
だけど、どこか普段と違う緊張が混じっている気がしてみみは布団の中から顔を出す。
「……開いてるよ。」
そう答えるとドアノブがゆっくりと回される音がして、黒髪の少年が静かに中へ入ってきた。
制服の上着を脱ぎかけた姿、右手にはスポーツドリンクのペットボトル。
彼は視線を逸らしながら、無言でそれを私の枕元に置いた。
恵「……ずっと心配してた。何も言わずに消えるから。」
みみは目を伏せた。
言い訳が喉元まで上がってきたけど、口にするのが怖かった。
恵はゆっくりと、みみのベッドの端に腰を下ろす。
間近に感じる彼の体温。
湯上がりのような匂いがかすかに香った。
思春期の少年らしい、それでいて落ち着いた静けさがある。
恵「何があったか、教えてほしい。……でも、それより。」
彼の手が、静かにみみの髪へ触れた。
指先が震えている。
それだけで、彼がどれほど気持ちを抑えているのかが伝わってくる。