第5章 微熱の帰路
みみは何も言えず頷き、ゆっくりと車を降りた。
寮の玄関前には、虎杖悠仁と伏黒恵の姿があった。
2人とも、こちらに気づいた瞬間に駆け寄ってくる。
悠「みみ!! 大丈夫だったのか!? 遅いからマジで焦ったぞ!」
恵「連絡もつかなかった。何があった?」
真っ先に駆け寄ってきた悠仁の目には、心底安堵の色が浮かんでいた。
彼はみみの肩を軽く掴み、怪我がないかと視線で探っている。
恵は少し距離をとって立ちながらも、明らかに不安げな様子だった。
「……うん、大丈夫。ちょっといろいろあって……でも、傑が助けてくれた。」
そう答えると、傑は小さく笑みを浮かべて1歩下がった。
傑「詳しい話は、またあとで。今は少し休ませてあげて。」
「うん、ありがと……。」
みみは軽く会釈し、玄関へと歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、悠仁と恵は顔を見合わせた。
悠「なあ……みみ、ちょっと顔色悪くなかったか?」
恵「いや、顔色だけじゃない。何かあったな、あの現場で。」
悠「やっぱりか……。」
2人の囁きは、玄関の扉が閉じたことでみみの耳には届かなかった。
部屋に戻ると、ベッドの縁に腰を下ろす。
静かな空間に戻ってきたはずなのに、鼓動が落ち着かない。
皮膚に残る、指の感触。
耳元にまとわりつくような低い声。
脳裏に焼きついた伏黒甚爾の笑みが、まるで刻印のように消えない。
それでも、傑が差し伸べてくれたあの手の温もりは――
確かに、ここに残っていた。
その夜、みみはベッドに入ってもなかなか眠れなかった。
心の奥に残った火傷のような疼きと、甘い痺れ。
2人の男の間で揺れる自分を、誰にも打ち明けられずに抱え込んでいた。
そしてみみは、気づいていた。
この“日常”に戻れたと思っていたのは、ただの幻想だった。
伏黒甚爾という男が、再び現れた以上――
みみはもう、前の自分には戻れない。